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2006年03月25日 (土) | 編集 |

 昨日の永田寿康議員の懲罰委員会でメールの仲介者の名前をやっと明らかにした。その名は「西澤孝」でフリーの記者で、出版業を営む「デュモンマーケティング」(東京都中央区)の代表取締役を務める。西澤氏は05年秋には会員制月刊誌「デュモン」の創刊準備を始め、テスト版として同10月に第1号、同11月に第2号を作成したが、この編集で知り合ったのが永田議員だった。2号は永田氏が表紙を飾っている。


 05年10月18日に民主党所属議員の秘書の紹介で取材を受けた際に初めて会って以来、二人は毎日頻繁に電話でやり取りをしている。その中で二人の思惑が一致して、今回の偽メール問題へと発展していったのではないだろうかと想像される。 


 永田議員の思惑は国会で得点を稼ぐこと。これに関して西澤氏は全面的に協力をするといっている。(懲罰委員会での永田氏の発言)一方、西澤氏は3月に本格創刊する計画であった。もしメール問題を国会で取り上げることによって、創刊号の知名度を上げる思惑があった。


 つまり、二人の共謀による狂言と仮定するとつじつまが合ってくる。


 ①永田氏は西澤氏を全面的に信じ、疑う余地はなかった。(永田氏の発言)あのメールのコピーを見て、誰だって信憑性を感じない。


 ②メールのコピー以外に確証の資料があるといいながら公表しなかった。


 ③永田氏は小泉首相に「どのような資料を提出すれば信用していただけるか教えてください」と国会の質疑で聞いている。これは永田氏のシナリオが完全に崩れている証拠。


 ④永田氏の謝罪会見でも西澤氏の名前を公表しようとはしなかった。その後も頑なに公表しようとしなかった。


 ⑤偽メールは西澤氏が作成し、二人で話し合って一部を黒塗りしたと仮定すると、(二人で相談して黒塗りしたことは永田氏は認めている)西澤氏は弁護士を通じて「メールの提供はしていない」といっていることと、永田氏がメールは西澤氏から受け取ったということは言葉のあやからすると、そういう言い方もできる。


 ⑥永田氏は野田国対委員長はじめ幹部に相当強い口調で証拠物件もないのに必死に説得して、予算委員会での質問となった。永田氏はよっぽど国会で手柄を立てたかったのだろう。 ⑦永田氏は今になれば西澤氏に騙されたといっている。それなのに西澤氏を裁判で訴える考えはないといっている。これ程国会を空転し、国民に迷惑をかけていれば、普通なら、嘘でも「裁判の準備をしています」くらいは言うはず。


 永田寿康議員も早く自ら辞職していればこんな勘ぐりもされずに済んだのに。
往生儀


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コメント
この記事へのコメント
いつのまにか!!!
nomuさんのブログがかわってる!!!

もう!
なにも教えてくれないから!!
(笑
ご無沙汰しています♪

応援③です♪
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