--年--月--日 (--) | 編集 |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2005年04月20日 (水) | 編集 |
 肉親の愛憎や現代風俗を描いて流行作家になり、後年は親鸞などを題材に人間の業を描いた小説家で文化勲章受章者の丹羽文雄(にわ・ふみお)さんが20日午前0時25分、肺炎のため東京都武蔵野市の自宅で死去した。100歳だった。近親者のみによる密葬後、後日、日本文芸家協会葬を行う。喪主は長男・直樹さん。連絡先は千代田区紀尾井町3の23の同協会(03・3265・9657)。

 1904年、三重県四日市市の浄土真宗の寺に生まれた。8歳の時に家出した母への思慕を通しての人間洞察が、のちに創作の強いテーマとなった。早大在学中に先輩の尾崎一雄の影響で作家を志す。卒業後は生家で僧になるが、生母をモデルにした「鮎(あゆ)」で注目され、28歳で上京した。

 「海面」「甲羅類」などのマダムもの、「若い季節」などの都市風俗ものを次々に書き、流行作家となった。戦時中は「海戦」など時局ものも書いたが、情痴小説作家とみなされ、しばしば発禁になった。

 戦後は、性風俗や家族の変容に目を向けて精力的に創作を続けた。47年の「厭(いや)がらせの年齢」は、流行語にもなった。

 後年、本格的に浄土真宗に取り組み、5年がかりで「親鸞」全5巻を、11年がかりで「蓮如」全8巻を完成させた。77年には文化勲章を受章した。

 86年ごろからアルツハイマー病のために執筆がままならなくなり、88年に前立せん手術の体験をつづった「蘇生の朝」が最後の作品となった。 (朝日新聞)

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
[訃報]丹羽文雄さん100歳=作家・文化勲章受章者 - livedoor ニュース 戦後すぐに出版された「厭がらせの年齢」や毎日新聞連載の「日日の背信」などで人間不信を鋭く問いかけ、また「親鸞」「蓮如」などで仏教的世界を描き続けた作家で文化勲章受章者の丹羽文雄(にわ・
2005/04/21(木) 05:41:43 | つらつら日暮らし
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。