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2006年07月24日 (月) | 編集 |
dokomo
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2006年07月21日 (金) | 編集 |
usb私なら万一パソコンが動かなくなったときのことを考えて、大事なソフトとデータをこんな可愛い「ディズニー USBメモリ CandyStick」に保管しておきたいですね。
それからデジカメでよく写真を撮るので自分のアルバムとして、「ディズニー USBメモリ CandyStick」を活用したいですね。又、会社で急にブログを書きたくなって写真を掲載したいときに、写真を保存している「ディズニー USBメモリ CandyStick」さえ持っていれば、簡単に写真をブログに載せれる。
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2006年07月20日 (木) | 編集 |
rei


コリーヌ・ベイリー・レイってご存知ですか?
イギリス出身の26歳。本国UKで2月にリリースされたデビュー・アルバムが圧倒的なセールスで、UKアルバム・チャート初登場1位を記録。
オーガニックな雰囲気に包まれたメロディ・センスとソウルフルなヴォーカルは日本でも話題を呼び、すでに輸入盤は大ヒットを記録中。
全世界の熱い注目を集めている、今年最高の新人シンガー・ソング・ライターです。柔らかくてフンワリした彼女の声を聴けば、きっとあなたも彼女の魅力に引き込まれるはず。羽のように軽やかで、繊細な声があなたの疲れた心をそっと包みます。
コリーヌ・ベイリー・レイの声に触れたいと思う時は休日の昼下がり?それとも星空が見える夜空の下?
あなたの好きな時、好きな場所でリラックスして聞いてみて下さい。
わたしは夜はお酒をちびりながら、昼間は車の中でよく聞きます。とても癒されます。
ぜひ試聴してみてください。
*試聴URL: http://intl.jp/sp/0607cbr/pb/

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2006年07月06日 (木) | 編集 |

いの町に住む可奈さんは出産を10日後に控えた早朝に突然、おなかに激痛を感じ出した。陣痛が始まったかと思ったが嫌な予感がし、救急車で高知市の病院に向かった。
 診断の結果、胎盤の早期はく離。帝王切開を行う。赤ちゃんは死産、母体は3000CCの大量出血で重態。ところが可奈さんの血液型は日本では2000人に3人の割合とされるRhマイナスB型。当日、県内にはストックの血液がほとんどなく、準備できたのはわずか約600cc。県外からの輸送は時間がかかる。
 刻一刻と容体が悪化する中、可奈さんの母親が知っている限りの知人に携帯電話で連絡を取り続けた。ネットワークは知人から知人へと広がり、又、RKCのラジオの生番組でも放送された。その甲斐あって実際に20人近い人が献血に駆けつけてくれた。遠い人は長岡郡大豊町からの人もいた。そして約1500ccの献血が集まり、可奈さんは一命を取り留めた。
 可奈さんは「子どもが駄目と言われて、自分も死んでもいいと思ったけど…」手術後、思ったのは「私は生きている」ということだった。

「見ず知らずの私を助けてくれる多くの人がいる。人はつながっている。本当につらい思いをしたけど、前向きに生きていかなければ…」

 可奈さんはその後の経過も良好だ。献血してくれた人のほとんどは名前も告げず去ってしまった。直接お礼は言えないが、そんな温かい人たちに報告したい。「ありがとう。私はここで、元気に生きています」
(龍馬じゃき……)


こういう話はとても心が和む。
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2006年07月04日 (火) | 編集 |
中田英寿はHide's Mailで突然、引退を表明した。
そのメールの内容は以下の通り(転載許可済み)


“人生とは旅であり、旅とは人生である”2006.07.03


俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。

あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。

この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U-15、U-17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。

五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。

サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。
サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。

もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。

半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。

何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。

サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。

プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。

けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。

それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。

これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。

ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。

そして、思った。

どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。

サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。

最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。

俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。

ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。

けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。

何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。

だから今、俺は、安心して旅立つことができる。

最後にこれだけは伝えたい。

これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。

みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。

そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。

新しい旅はこれから始まる。

今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。

これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。

“ありがとう”


ひで 



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2006年07月02日 (日) | 編集 |
 橋本龍太郎(はしもと・りゅうたろう)元首相が1日午後2時、多臓器不全のため、入院先の東京・新宿の国立国際医療センターで死去した。68歳だった。
社説では読売新版が取り上げていた。

[橋本元首相死去]「『改革』唱道者が残した負の遺産」

 1990年代の「失われた10年」の問題状況を、良くも悪(あ)しくも体現した政治指導者だったと言えるのではないか。

 96年1月から98年7月まで首相の座にあった橋本竜太郎元首相が、死去した。

 中央省庁再編を柱とする行政改革、金融ビッグバンや規制緩和などの経済・財政改革、少子高齢化を見据えた社会保障改革などの「6大改革」を唱えた。

 日本を経済大国に導いた政治・経済・社会の戦後システムが、制度疲労をきたし、根本から変革を迫られている、という時代認識が底流にあった。小泉首相が取り組んだ構造改革路線を最初に唱道したと言えるだろう。

 だが、橋本氏は不良債権の重圧に苦しむ日本経済を立て直すという点で、重大な政策上の誤りを犯した。

 景気が少し上向いた時期に消費税率引き上げ、減税打ち切り、年金保険料引き上げを相次いで実施し、景気を急速に冷え込ませ、最悪のデフレ不況を招くことになった。

 その後の政権は、橋本氏の「経済失政」による“負の遺産”と取り組むことが最大の課題となった。小渕、森両政権は、積極財政路線で景気を回復しようと試みた。デフレの深刻化という危機の中で誕生した小泉政権は、再び構造改革路線を取った。歴史の皮肉とも映る。

 政府は近く、「年内にデフレから脱却する」との認識を示す見通しという。ようやく橋本氏の“負の遺産”を乗り越えるところまでこぎつけた。

 橋本政権の重要な成果は、米ソ冷戦崩壊後の新しい国際秩序を模索する中で、日米同盟関係を再構築したことだ。

 アジア・太平洋地域の平和と安定の確保に向けて、日米防衛協力を強化することをうたった「日米安保共同宣言」をクリントン民主党政権との間でまとめた。普天間飛行場の返還合意など在沖縄米軍基地の再編にも道筋を開いた。

 大きな変革期にあって、橋本氏は改革の指針は示したが、内政面で十分な成果を残すことができなかった。

 当初、基本政策の異なる「自社さ」連立政権だったことが一因だが、橋本氏自身が旧来型政治を引きずっていた政治家だったことも影響しているだろう。

 党内最大派閥の旧小渕派を継承し、首相再登板を期して2001年4月の総裁選に出馬したが、「脱派閥」を掲げた小泉氏に敗れた。政界引退の契機となったのは、日本歯科医師連盟の橋本派に対する1億円ヤミ献金事件だった。

 橋本氏の晩年は、自民党の派閥政治の衰亡を象徴するかのようである。

(2006年7月2日1時35分 読売新聞)


橋本元総理の人物評は

橋本の兄貴分である元首相・竹下登が生前、「怒る、威張る、拗ねるが橋本になければ、とっくの昔にアイツは総理になっていた」と揶揄したように、自民党屈指の政策通でありながら、鼻っ柱の強い性格のため、党内に積極的な支持者は少なかった。
「見識はあるが、人望はない」が党内での一般的な評価。何かわからないことを聞いたりすると「おや、そんなこともおわかりにならない?」、「あなたが知らないことを、どうして私が知っていると思うのです?」などと必ず嫌味な返答をする。花街で最も嫌われている政治家という不名誉な噂もある。
田中角栄は「橋龍は、こまっちゃくれた風切り小僧だ。備前長船の出身。切れそうだけど、あの手は人様に好かれない。親父の龍伍は切れ味抜群だったが、仲間がいなかった。」と評した。

トレードマークであったポマードべったりの整髪は、実際には水性のジェルを使っていた。
最後にご冥福をお祈り申し上げます。
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