
(撮影・財満朝則)
最年少プロゴルファーの石川遼(16)=東京・杉並学院高1年=が28日、松下電器産業と所属契約を結んだ。5年契約で総額5億円(推定)。
パナソニックのイメージカラーである青色のサンバイザー、青色を基調としたチェックのパンツに身を包んだ16歳は、都内で開かれた契約締結会見で声を弾ませた。
「世界的家電メーカーのパナソニック様と契約できて、とても光栄です。世界を目指す自分にとって心強いサポートが加わり、ゴルフにもっと集中できます。青色のウエアはあまり着たことがなかったのですが、これからはたくさん着たいです」
松下電器産業は海外事業強化のため、10月に社名を「パナソニック」と変更する。そのシンボル的存在として白羽の矢を立てたのが遼クンだった。プロの世界に身を投じた16歳は、マスターズ制覇を究極の目標に掲げている。世界を目指す姿勢が、同社の企業イメージと合致した。
同社は9月に日本、アジアツアー共催の「パナソニックオープン」(25〜28日、大阪・茨木CC)を新設主催する。その大会で遼クンは「ホストプロ」をつとめ、まずはアジアに向けてパナソニックをアピールする。
5年5億円という破格の金額だけでなく、松下電器という大きな後ろ盾を得た遼クンには、さまざまなメリットが生まれる。グループ企業を含めると、世界46カ国に約33万人の従業員を抱えるグローバル企業。海外遠征の際は、現地スタッフが手厚くサポートする。(サンスポ)
用具とウエアはヨネックスと5年契約。

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女子プロゴルフツアーの大王製紙エリエール・レディース最終日は18日、香川県三豊市のエリエールゴルフクラブで行われ、プロ3年目で今季の賞金ランキング首位の上田桃子(21)が通算7アンダーの209で優勝し、最終戦を残して史上最年少の賞金女王を決めた。
これまでの賞金女王の最年少記録は、1968年の樋口久子の23歳60日で、88年のツアー制度施行後では96年の福嶋晃子の23歳148日。上田は21歳156日での達成だった。
今季5勝目で賞金1620万円を手にした上田の今季獲得賞金は約1億5961万円となり、ツアー最終戦のLPGAツアーチャンピオンシップ・リコーカップで、大山志保が昨年記録した史上最多額の約1億6629万円の更新に期待がかかる。〔共同〕

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そのメールの内容は以下の通り(転載許可済み)
“人生とは旅であり、旅とは人生である”2006.07.03
俺が「サッカー」という旅に出てからおよそ20年の月日が経った。
8歳の冬、寒空のもと山梨のとある小学校の校庭の片隅からその旅は始まった。
あの頃はボールを蹴ることに夢中になり
必死でゴールを決めることだけを目指した。
そして、ひたすらゲームを楽しんだ。
サッカーボールは常に傍らにあった。
この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。
山梨の県選抜から関東選抜、U−15、U−17、ユース、そしてJリーグの一員へ。
その後、自分のサッカー人生の大半を占める欧州へ渡った。
五輪代表、日本代表へも招聘され
世界中のあらゆる場所でいくつものゲームを戦った。
サッカーはどんなときも俺の心の中心にあった。
サッカーは本当に多くのものを授けてくれた。
喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。
もちろん平穏で楽しいことだけだったわけではない。
それ故に、与えられたことすべてが俺にとって素晴らしい“経験”となり、
“糧”となり、自分を成長させてくれた。
半年ほど前からこのドイツワールドカップを最後に
約10年間過ごしたプロサッカー界から引退しようと決めていた。
何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。
今言えることは、プロサッカーという旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。
そう思ったからだった。
サッカーは世界で最大のスポーツ。
それだけに、多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。
選手は多くの期待や注目を集め、そして勝利の為の責任を負う。
時には、自分には何でも出来ると錯覚するほどの賞賛を浴び
時には、自分の存在価値を全て否定させられるような批判に苛まれる。
プロになって以来、「サッカー、好きですか?」と問われても
「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。
責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも
子供のころに持っていたボールに対する瑞々しい感情は失われていった。
けれど、プロとして最後のゲームになった6月22日のブラジル戦の後
サッカーを愛して止まない自分が確かにいることが分かった。
自分でも予想していなかったほどに、心の底からこみ上げてきた大きな感情。
それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカーへの思い。
厚い壁を築くようにして守ってきた気持ちだった。
これまでは、周りのいろんな状況からそれを守る為
ある時はまるで感情が無いかのように無機的に、またある時には敢えて無愛想に振舞った。
しかし最後の最後、俺の心に存在した壁は崩れすべてが一気に溢れ出した。
ブラジル戦の後、最後の芝生の感触を心に刻みつつ
込み上げてきた気持ちを落ち着かせたのだが、最後にスタンドのサポーターへ
挨拶をした時、もう一度その感情が噴き上がってきた。
そして、思った。
どこの国のどんなスタジアムにもやってきて
声を嗄らし全身全霊で応援してくれたファン――。
世界各国のどのピッチにいても聞こえてきた「NAKATA」の声援――。
本当にみんながいたからこそ、10年もの長い旅を続けてこられたんだ、と…。
サッカーという旅のなかでも「日本代表」は、俺にとって特別な場所だった。
最後となるドイツでの戦いの中では、選手たち、スタッフ、そしてファンのみんなに
「俺は一体何を伝えられることが出来るのだろうか」、それだけを考えてプレーしてきた。
俺は今大会、日本代表の可能性はかなり大きいものと感じていた。
今の日本代表選手個人の技術レベルは本当に高く、その上スピードもある。
ただひとつ残念だったのは、自分たちの実力を100%出す術を知らなかったこと。
それにどうにか気づいてもらおうと俺なりに4年間やってきた。
時には励まし、時には怒鳴り、時には相手を怒らせてしまったこともあった。
だが、メンバーには最後まで上手に伝えることは出来なかった。
ワールドカップがこのような結果に終わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
俺がこれまでサッカーを通じてみんなに何を見せられたのか、
何を感じさせられたのか、この大会の後にいろいろと考えた。
正直、俺が少しでも何かを伝えることが出来たのか…
ちょっと自信がなかった。
けれどみんなからのmailをすべて読んで
俺が伝えたかった何か、日本代表に必要だと思った何か、
それをたくさんの人が理解してくれたんだと知った。
それが分かった今、プロになってからの俺の“姿勢”は
間違っていなかったと自信を持って言える。
何も伝えられないまま代表そしてサッカーから離れる、というのは
とても辛いことだと感じていた。しかし、俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が
きっと次の代表、Jリーグ、そして日本サッカーの将来を支えてくれると信じている。
だから今、俺は、安心して旅立つことができる。
最後にこれだけは伝えたい。
これまで抱き続けてきた“誇り”は、
これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
でもこれは、みんなからの“声”があったからこそ
守ることが出来たものだと思う。
みんなの声を胸に、誇りを失わずに生きていく。
そう思えればこそ、この先の新たな旅でどんな困難なことがあろうと
乗り越えていけると信じられる。
新しい旅はこれから始まる。
今後、プロの選手としてピッチに立つことはないけれど
サッカーをやめることは絶対にないだろう。
旅先の路地で、草むらで、小さなグラウンドで、誰かと言葉を交わす代わりに
ボールを蹴るだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って――。
これまで一緒にプレーしてきたすべての選手、関わってきてくれたすべての人々、
そして最後まで信じ応援し続けてきてくれたみんなに、心の底から一言を。
“ありがとう”
ひで


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トップジュニアとして数々の大会で活躍していて、同期に宮里藍や横峯さくらがいるということは私は知らなかった。昨年の忘れたが何かのトーナメントでテレビ観戦で観て、この選手は期待してみようと思った。俗に云う直感というやつ。身長は170センチ、ドライバーは男性並みの飛距離、そして私が一番気に入ったのは、やはりルックス、明るくて愛らしい素顔を見てください。あなたもきっとファンになりますよ。また、テレビの優勝インタビューでご両親に一言、と振られた藤田は「お父さん、お母さんの子供に生まれてきて幸せです。ありがとう!」と涙ながらに答えたところなんかも最高だね。


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ジーコ監督は厳しい表情で、選手たちは疲れた様子。中田英寿(ボルトン)高原直泰(ハンブルガーSV)小野伸二(浦和)の3選手は、チームには同行しなかった。
日本にとっては世界との差を痛感させられたワールドカップであった。特に得点能力の差は歴然としていた。特に得点圏内での選手の集中力の差を見せ付けられた。一言で云えば、プロ意識の低さである。最も大事な第一戦のオーストラリア戦に向けての各選手のコンディションのもっていき方もなってなかった。各選手はベストコンディションで戦わなければならなかったのに、それができたのは川口GKぐらいであった。
4年後のW杯を見据えて日本のサッカーレベルを上げるしか方法はない。
それにしてもレベルの高いサッカーは面白い。世界中が興奮するのもうなずける。


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注目されたFW陣は5人が選ばれ、巻誠一郎(千葉)、玉田圭司(名古屋)らが入り、久保竜彦(横浜M)は選から漏れた。
日本代表23人の内訳は、GK3人、DF8人、MF7人、FW5人。川口能活(磐田)、楢崎正剛(名古屋)、中田英寿(ボルトン=イングランド)、小野伸二(浦和)の4人は、3大会連続の選出となる。
2大会連続は福西崇史(磐田)ら7人、初選出は中村俊輔(セルティック=スコットランド)ら12人。最年少は駒野友一(広島)の24歳で、最年長は土肥洋一(F東京)の32歳。MF松井大輔(ルマン=仏)らは惜しくも漏れた。
日本代表23人の横顔


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